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大阪市内の廃駅 阪堺線宮ノ下駅 廃止の理由が明らかに! 

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大阪市内の廃駅 阪堺線宮ノ下駅 廃止の理由が明らかに! 

 

 

大阪市内にも廃駅はあるんですね

 

 

宮ノ下駅について

宮ノ下駅について以前公開したこちらの動画で解説していますのでご覧ください。

 

宮ノ下駅の所在地

宮ノ下駅は阪堺電気軌道阪堺線の天神ノ森駅と東玉出駅間にありました。

両隣の駅との駅間距離はかなり短かかったようです。

「宮ノ下」の駅名の由来は近くの阿倍野神社(宮)の下にある駅の意味です。

現在の南海高野線の岸里玉出駅に隣接していました。

 

廃駅となった宮ノ下駅の現在の様子は?

 

 

 

 

 

宮ノ下駅の廃駅になったいきさつが判明しました!

みゃー君
にゃるほど、宮ノ下駅か・・kumokyuと暮らす前に 何度か行ったことがあるニャン!でも廃駅とは知らなかったニャン

kumokyu
そうだった、このあたりはみゃー君のテリトリーだったね、ところでこの宮ノ下駅、休止になってから廃止になっているんだけどその経緯がよくわからないんだよね

みゃー君
休止?廃止?どう違うの・・

kumokyu
そうだねこれは鉄道業界では常識だけど一般では良くわからないから説明するね

みゃー君
鉄道OBさんにお願いするニャン

休止と廃止の違いとは?

休止とは再開(いつか再び使うこと)を前提に使用を休むこと

廃止とは二度と使わないこと

簡単に言ってしまうとこれだけなのですが・・

実は鉄道では様々なモノが休止になることがあります。

駅や線路、車両、信号機などなど

ちなみに使用休止になった信号機には

白い×印の角材などが縛り付けられていたり

信号機自体が横を向いていたり、

車両の場合は「使用休止」と書かれた紙が

運転席のガラスに貼られていたりします。

 

こちらの動画の25:00頃に

2017年の台風被害で単線運転となっている

南海本線尾崎駅の信号機が使用停止になっている様子があります。

 

ただ使わないだけならそのまま置いておけばいいのにと思うかもしれませんが

多くの人命を預かる鉄道では

使わないモノを休止にせず放置しておくのはとてもコストがかかるのです。

 

そのコストとは「点検(検査)」です。

ほとんどの鉄道設備は定期的に検査することが義務付けられています。

これは全く使用されていない設備についても同様です。

そのため使用しない設備を休止扱いにしないで放置していると

莫大な検査コストが発生することになります。

 

しかし使用休止にすると点検の必要がなくなるのです。

 

そのため臨時列車が運転される時期だけ

使用が再開される側線や信号機、車両などが存在しま(した?)す。

 

戦争が原因で宮ノ下駅は休止になった。

みゃー君
なんとなくわかったニャン、でもなんで宮ノ下駅はなくなったの?

kumokyu
そこなんだけど詳しいことはわからなくて戦争中に休止そのまま廃止になってるんだ

 

 

みゃー君
ほ~戦争中ニャン?

kumokyu

実は戦争中に多くの駅が休止になっているんだ

みゃー君
ホント?



宮ノ下駅は不要不急駅?

第二次大戦中、

多くの鉄道路線や駅が不要不急として休止されています。

その理由は休止された路線や設備から

レールなどの鉄を供出し武器などを作るためだったのです。

 

不要不急線(Wikipedia外部リンク) 

 

また駅についても駅間距離が短い、

利用者が少ない駅などが不要不急して休止になったようです。

KumoKyuも宮ノ下駅は不要駅として

戦時中に廃止になりそのまま休止になったと思っていました。

 

宮ノ下駅が廃止になった経緯はこうだった!

実は今回、この記事を書くにあたって

当時を知る方から貴重な証言を得ることができたのです。

 

 

その方は宮ノ下駅から

1キロほど離れたところにお住いのKさんと言う

96歳のお元気な方です。

そのKさんのお話によると・・

宮ノ下駅の近くにCさんと言う友達が住んでいたのだけど

空襲で家が焼けてしまってね・・

友達は無事だったんだけど宮ノ下駅も焼けてしまった。

Cさんは

「駅が焼けて無くなったから不便になった」

と良く言ってたね。

この証言から考えると

Cさんが空襲で駅が無くなって不便になったと言われていることから

宮ノ下駅は不要不急で休止になりその後廃止になったのではなく

空襲で焼失し休止そして廃止になったようです。

 

大阪市内の空襲による戦災を免れた地区には

戦前からの住宅が残っていることが多いのですが

宮ノ下駅付近にはそれらも見当たらないことも

これらの情報を裏付けています。

 

 

 

その空襲とは

宮ノ下駅を焼失させた空襲とは

おそらく

1945年3月13日23時57分 - 14日3時25分の約3時間半にわたって行われた

第1次大阪大空襲のことと思われます。

大阪大空襲(Wikipedia外部リンク)

この夜間低空飛行による無差別爆撃という大量殺りく行為により

大阪市内は死者約3900名と言う甚大な被害を受けます。

 

この夜宮ノ下駅もCさんの自宅も焼失したのでしょう。

大阪市が発行した「西成区の歴史」(外部リンク)のなかに

空襲で焼失した地域の地図があり

宮ノ下駅周辺は3月14日に焼失したとされています。

そして戦後の混乱や資材不足などもあり

隣の駅である東玉出や天神ノ森との駅間も短いため

復活しなかったのでしょう。

 

さいごに

 

今回

宮ノ下駅の貴重なエピソードを地元の方に伺うことができましたが

改めて戦争の被害の甚大さや平和の大切さを再認識しました。

 

最後にお話を聴かせてくださったKさんに

お礼を申し上げます

 

こちらには戦前から健在の鉄橋があります。

南海汐見橋線 廃線? 地下鉄なにわ筋線 新難波駅とは ?

 

 

      最後までご覧頂きありがとうございます。


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